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東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)778号 判決 1966年6月13日

原告 株式会社平和相互銀行

被告 昭映フイルム株式会社

被告 中映フイルム株式会社

主文

被告らは各自原告に対し金八〇万二、二二六円およびこれに対する昭和四〇年三月五日以降完済に至るまで年六分の金員の支払をせよ。<省略>

事実

第一、原告

(一)  請求原因

被告中映フイルム株式会社(旧商号中映画部企業株式会社、昭和四〇年五月三一日現商号に変更、以下被告中映と略称する)は被告昭映フイルム株式会社(以下被告昭映と略称する)に対し昭和三九年一一月五日金額八一万五、〇〇〇円、満期昭和四〇年三月五日支払地、振出地共名古屋市、支払場所株式会社東海銀行御園支店なる約束手形一通を振出した。被告昭映は右手形を拒絶証書作成義務を免除して原告に裏書譲渡し、原告は現にその所持人である。

原告は右手形を満期に支払場所に呈示したところ、その支払を拒絶されたから、被告らに対し各自右手形金の残金八〇万二、二二六円およびこれに対する満期から完済に至るまで手形法所定年六分の利息の支払を求める。

(二)  再抗弁

(1)  原告と被告昭映は昭和三四年八月一〇日手形取引契約を締結し、同被告の原告に対する債務中その一についても履行を怠り、又は同被告に支払停止、等の事由が生じたときは、同被告のすべての債務について弁済期が到来したものとし、同被告の原告に対する預金、掛金、積金その他の債権と弁済期にかかわらず相殺されても異議がない等の条項を含む取引約定がなされた。

(2)  被告昭映は昭和三九年一二月一九日銀行取引停止処分を受けて倒産し、その当時原告は同被告に対し割引によって取得した同被告の裏書のある別紙約束手形一覧表記載の約束手形二六通金額合計金一、一二八万一、六五九円を所持していた。

また、当時同被告は原告に対し当座預金残金五、六八四円へいわ積金掛込金(荒木俊失名義分を含む)一八三万円、定期預金三九一万八、八二四円、原告が被告昭映から取立の依頼を受けた手形の落込金三三万八、八四五円以上合計金六〇九万三、三五三円の債権を有していた。

(3)  原告は右被告昭映の倒産により前掲手形取引約定に基き、前記原告の所持する割引手形の買戻請求権と同被告の原告に対する債権とを昭和四〇年二月一〇日、同年二月二六日、同年三月三一日の三回に亘り別紙第二目録記載のとおりそれぞれ、その対当額で相殺した。

右三回に亘る相殺の結果原告の同被告に対する債権残は本件手形金八一五万円およびこれに対する満期以降の利息となり、同被告の原告に対する債権残は金一万二、七七四円となった。

被告は本訴において右被告の残債権と本件手形金とを対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、原告は本件手形金から右金一万二、七七四円を差引いた残金八〇万二、二二六円を本訴において請求するものである。

第二、被告

(一)  請求原因に対する答弁

両被告共原告主張の請求原因事実はすべて認める。

(二)  被告両名の抗弁並に再々抗弁

(1)  被告昭映が昭和三九年一二月一九日銀行取引停止処分を受けて倒産した当時同被告は原告に対し自己又は他人(昭映の代表者荒木俊夫個人名義を用いたもの)名義で預金又は掛金していた合計金額五七五万四、五〇八円、外に同被告が原告に取立を委任していた約束手形で原告が支払を受けた金額三三万八、八四五円以上合計金六〇九万三、三五三円の債権を有していた。

被告昭映は本訴において右原告に対する金六〇九万三、三五三円の債権と本件手形金とをその対当額で相殺の意思表示をする。従って、本件手形金債権はその満期である昭和四〇年三月五日に遡って消滅した。

(2)  被告昭映の倒産当時原告が同被告の裏書譲渡した別紙第一目録記載の約束手形二六通金額合計金一、一二八万一、六五九円を所持していたことは原告が再抗弁において主張するとおり同被告もこれを認める。

原告と被告昭映間に締結された手形取引契約では、同被告が原告に手形割引を依頼したときはその都度手形金に相当する借入金債務を負担したものとする約定がなされている。しかし、同被告の自己振出の手形いわゆる単名手形の場合にはその手形割引は同被告が消費貸借上の債務を負担しその支払手段として自己手形を振出したものであるとの法律構成をなし得るが、他人振出の手形を裏書譲渡の方法で割引く場合は右手形の売買であるから、このような手形については原告は遡及権者として被告昭映に手形上の権利を有するに過ぎない。この場合には同被告が手形の不渡を出して手形取引の停止処分を受けても、直ちにその割引手形金について同被告が原告に対し消費貸借上の債務を負担するものではなく、割引いた手形が不渡りとなってはじめて所持人である原告は被告昭映に対し遡及権に基く手形金請求権を取得するものと解しなければならない。

上記原告が所持する手形はいずれも個人振出のものであり、被告昭映が割引を受けたものであるから、右割引金をもって直ちに消費貸借上の債権としてこれと被告昭映の原告に対する預積金等の債権と相殺することは許されないものである

(3)  原告は被告昭映の倒産後すなわち同被告との手形取引解除後の昭和四〇年二月一六日訴外日本興行株式会社から金額三二万円(満期同年三月一六日)および金額三〇万円(満期同年四月一二日)の約束手形二通を振出させたうち、これに被告昭映の裏書をさせて同被告に割引いている。しかも右二通の手形が不渡となるやその手形金債権と被告昭映の原告に対する債権とを対当額で相殺しているのである。

およそ商取引において物品の販売又は資金の貸与をする者は相手方の取引銀行における預金等の信用状況を調査して取引するものであることは商取引の通例であり、銀行は金融機関として商取引をなす者の最も信用を置くところのものである。このような銀行が会社の倒産後しかも自から取引停止による手形取引契約を解除した後に当初から支払不能の確定的な倒産会社裏書の手形を割引き、その手形割引による債権と倒産会社が銀行に対して有する預金等の債権とを相殺して一部債権者の利益をのみ図ることは許されないものというべきである。

本件手形は被告中映か被告昭映の原告との取引を信頼し資金を融通するため同被告の倒産前に振出したものであるから本件手形をさしおき同被告の倒産後に振出し且つその満期がいずれも後の前記日本興行株式会社振出の約束手形二通と被告昭映の原告に対する債権とを相殺することは右各手形の振出人である同会社を利得させ被告中映の利益を害するものといわなけばならない。

従って原告が上記訴外会社振出の約束手形二通の手形金と被告昭映の原告に対する債権と相殺したことは権利の濫用として無効であり、しからずとするも本件手形の振出人である被告中映に対抗し得ないものといわなければならない。

かりに、右日本興行株式会社振出の約束手形二通が先に提出された手形の延期手形であるとして、被告昭映の倒産後に旧手形の支払期日を延期することは一部の手形債務者にのみ利益を与えることには変りがなく従って右二通の手形の不渡りにより原告が取得した債権を、その延期前に既に満期が到来し遡及権が発生している本件手形金債権に優先して相殺することは銀行の商慣習に反するものであり、かりに右のような商慣習の存在が認められないとしても信義誠実の原則ないしは公序良俗に反し無効である

(証拠関係)<省略>

理由

原告主張の請求原因事実は各当事者間に争がない。

よって、被告らの抗弁並びにこれに対する原告の再抗弁について判断する。

被告昭映が昭和三九年一二月一九日銀行取引停止処分を受けて倒産し、その当時原告が同被告に対し割引した、同被告の裏書のある別紙第一目録記載の各手形金額合計金一、一二八万一、六五九円を所持し、一方同被告が原告に対し預積立金等合計金六〇九万三、三五三円の債権を有した事実は当事者間に争がない。

<省略>被告昭映は昭和三四年八月一〇日原告との間に手形上の債務総額金一、二〇〇万円を極度額とする手形取引契約を締結し、同被告が手形借入又は手形割引を依頼したときは、その都度手形金に相当する借入金債務を負担したものとして爾後手形又は貸金の何れによって請求されても異議がなく、同被告が原告に対する各債務中その一にても履行を怠ったとき、同被告又は保証人に支払停止等があったとき等においては同被告の原告に対し負担するすべての債務につき弁済期が到来したものとし、同被告の原告に対する預金、掛金、積金その他の債権と弁済期にかかわらず相殺されても異議がなく、且つ同被告の裏書した手形の支払人について不渡処分又はそのおそれ等のあった場合には請求次第右手形を買戻すべく、若し不履行のあった場合には手形の期日前でも債務不履行の場合に準じて取扱われても異議がない旨の条項を含む取引約定をなした。

被告昭映のように昭和三九年一二月一九日倒産したので、原告は右取引約定に基き昭和四〇年二月一日、同年二月二六日および同年三月三一日の三回に亘り別紙第二目録記載のように前記被告の裏書した手形の買戻請求権と被告昭映の原告に対する預金積金等の債権とをその各対当額で相殺し、その都度同被告に対しその通知をした。

被告らは、右被告昭映が原告に裏書した各手形は、他人振出のものであって、同被告が原告に割引を依頼したものである。手形割引の法律上の性質は手形の売買であるから、右割引を受けた都度各手形金について同被告が原告から消費貸借上の債務を負担したものとして、その債権をもって相殺することは許されないと主張するが、前記認定のように原告は被告昭映に対し割引した同被告の裏書のある各手形の買戻請求権と同被告の原告に対する債権とを相殺したのであって、前記認定の手形取引約定には同被告に支払停止等の事由を生じた場合においても原告は同被告のため割引した手形について買戻請求権を行使し得る趣旨をも包含するものと認むべきであるから、右被告らの主張は原告の主張に副わないものでありその理由がない。

次に被告らは、原告は被告昭映の倒産後である昭和四〇年二月一六日に訴外日本興行株式会社振出の金額三〇万円および金額三二万円の約束手形二通につき被告昭映に裏書させて同被告のために割引し、右二通の買戻請求権と原告に対する同被告の債権とをその対当額で相殺したが、被告中映振出の本件手形は被告昭映がその倒産前に原告から割引を受けたものであるから、本件手形をさしおき前記倒産後に割引した二通の手形を優先して被告昭映の債権とを相殺することは、被告中映の利益を害するものであるから権利の濫用として許されず、仮りに右約束手形二通が書替え手形であるとしても、右相殺は銀行取引の商慣習信義誠実の原則ないし公序良俗に反し無効であると主張する。

<省略>原告が昭和四〇年二月二六日に、被告昭映の倒産後である昭和四〇年二月一七日に割引した日本興行株式会社振出の金額三〇万円及び金額三二万円の約束手形二通の買戻請求権を自働債権として被告の預積金等と相殺をなしている事実はこれを認めることができる。

しかしながら、<省略>次の事実が認められる。被告昭映はその倒産前、原告から日本興行株式会社振出の金額五二万円満期昭和四〇年二月一六日なる約束手形一通(別紙第一目録17の手形)の割引を受けていたところ、同会社がその期日に右手形を支払うことができなかったので、同会社の代表者と被告会社の社員が同道の上原告に対し右手形の支払の延期を求めた。原告は右申入れにより右手形の満期を延期することを承諾したので、同会社はその延期手形として前記認定の金額三二万円、満期昭和四〇年三月一六日および金額三〇万円、満期同年四月一二日の各約束手形を振出し、旧手形同様被告昭映がこれに裏書して原告に交付した(旧手形金との差額金一〇万円は被告昭映の原告に対する預金とした)。

しかるところ、右各手形の振出人である日本興行株式会社は右各手形の満期前である同年二月二五日頃に銀行取引停止処分を受けたので、原告は前掲被告昭映との手形取引約定の条項に基いて同年二月二六日右各手形の買戻請求権と被告昭映の原告に対する預積金残等の債権とを相殺した。

被告中映代表者本人尋問の結果によっては右認定を左右し得ない。

そうだとすれば、前掲二通の約束手形は既に被告昭映が割引を受けていた日本興行株式会社振出の約束手形の延期手形として振出されたものであって、同被告の倒産後に新に割引かれたものではなく、しかも右振出人はその満期前に銀行取引停止処分を受けているのであるから、原告が被告昭映との手形取引約定に基いて同被告に対する右手形の買戻請求権と同被告の債権とを相殺したのは正当であり、結果において被告日映振出の本件手形金と被告昭映の原告に対する債権と相殺される利益を失ったとしても、原告が右約束手形二通の買戻請求権についてなした相殺が、権利の濫用商慣習、信義則ないし公序良俗の行為であるということはできないから、この点についての被告らの主張は採用しえない。

以上認定の事実によれば、被告昭映の原告に対する預積金等の債権合計金六〇九万三、三五三円は原告のなした三回に亘る相殺により原告の同被告に対する債権と対当額で消滅し、終局金一万二、七七四円残存するに過ぎないことは算数上明かである。

被告昭映は右残存債権と本件手形金八一万五、〇〇〇円とを本訴において相殺する旨の意思表示をなしたから右被告昭映の原告に対する金一万二、七七四円と右本件手形金はその対当額で相殺となり、本件手形金は金八〇万二、二二六円残存することとなる。<以下省略>。

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